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仕方ないから、隣の隣にいるちょっと地味な男に「ね、ティッシュ持ってる?」と声をかけた。ていうかこいつ誰だっけ。名前覚えてねえわ。で、その名前も知らない男が律儀にもティッシュ二枚渡してくれたもんだから、俺は「さんきゅー」って言うついでに、名前もちゃっかり訊いてティッシュを頂いた。相島というらしい。
しかし状況は既に手遅れのようだった。どれだけ拭いてもカピカピのソースみたいに、青の絵の具がしつこく指先に残っている。これだから絵の具は、いやこれだから美術は嫌いなんだ。ペッ、と指先に唾を吐いてから、もう一度ティッシュで拭いていた、その時。
「よー立島。暇そうじゃん? ってかなにやってんの?」
「見りゃわかるだろ、絵の具が指に付いたんだよ」
図々しくも空いていた隣席に滑り込んできたのは、友達の結城。今日もアホそうな面をしてやがる。その顔を見てるだけでもなぜかムカついてくるから、俺はあえて結城の方を見ずにゴシゴシと指先に力を込める。
「ふーん。てかお前、さっき相島の名前訊いてたよな? まだクラスメイトの名前覚えてないの?」
よっぽどこいつは授業に暇しているらしい。わざわざ俺の行動を監視するあたりもはや恐怖だ。
「覚えてないね。だってまだ5月だぞ、5月。俺は人ひとりの名前覚えるのに一ヶ月かかんの」
「その計算だと一年で12人しか覚えられないことになるぞ。大丈夫かよ」
「12人も覚えられるだけ凄いだろ」
「ああね。まあ、立島みたいなバカにしては、ね」
「ああん!?」
死ぬほどムカついたから、目の前にある結城の鼻に青色のティッシュを押し付けた。食らえ油絵の具ティッシュ攻撃。
「いてててて、痛いよバカ」
「てかお前暇そうだけど作品終わったの?」
宿題となっている油絵の提出は今日のこの授業まで。俺はまだ終わってないから正直余裕もクソもあったものじゃないんだが。何ならこいつと無駄口を叩いている暇も無いんだが。
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