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あれだけ結城もべた褒めしていたのだ、きっとすごいものに違いない。いや確かに、俺は芸術のことなんて全くわからないけど、まあ見てみるくらいならいいんじゃないか、って。まあ見ても減るもんじゃないしな、うんうん。 結局自分の好奇心に負けて、俺は早崎のキャンパスの方へ向かう。バレたらなんか言われそうだから、バレないように、そーっと足を動かしながら。早崎は全く気づいていないようで、猫背になりながら筆を動かし続けている。 あともう少しだ。あと、もうちょっと。俺はほとんどつま先立ちになりながら、早崎の背中で隠れている絵に近づいていった。 すると、ようやく絵の片鱗が早崎の背中から、姿を現した。その光景に、俺は思わずひゅっと息を呑む。 なんだ、これ。 早崎がキャンパスに描いているのは、一面の青だった。 いや、青、とひとくちに言えるものではない。その一枚のキャンパスの中には、無限の青が広がっていた。 美術センスのない俺でもわかる。早崎が描いているのは、海だ。それも南国にあるような、真っ青な海。そしてその海を覆うかのように広がる空も、また眩しいほどの青だった。 確かに綺麗だ。結城や、他の女子たちが持て囃すだけある。けれど、俺はどこか、この絵を「綺麗」だけで済ましてしまうのは勿体無い気がした。 なんていうか、これは、普通の青じゃない。俺達が普段目にするような青ではない、逸脱した青だ。現実ではありえないほど眩しくて、透き通るような青。思わず目を背けたくなってしまうほどに。 早崎には、この青が「見える」のだろうか。いやむしろ、俺達にとって普通ではない青こそが、早崎の普通なのか。わからない。けれど、少なくとも言えることは、早崎の色に関する感性は、ずば抜けているってこと。 呆気にとられて、俺は時間も忘れてその絵に魅入っていた。一度捉えたら離さないような、その青に深く吸い込まれていく。あ、やばいかも、俺……そう思ったとき、「何してんの」と言う声が遠くから聞こえた気がした。
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