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 翌日、良宮の裏口に下働きの格好をした男と被き姿の女人が立っていた。女性だけが中に通され、宮女の案内でこの宮の主の居所に向かった。女性は被きを取って部屋に入った。中には主人の宋縣夫人と嫁の申夫人、数人の侍女が控えていた。 「姜コロンバと申しまず」  女性は縣夫人の前で平伏した。 「面を上げよ」  コロンバは身を起こした。 「昨日、趙という老女から天主教の歌とマリアという女人について聞いた」  縣夫人の言葉にコロンバは耳を傾ける。その表情は穏やかである。 「…天主は常に我らの傍らにおるということだが、まことか?」 「はい、仰せの通りでございます」  コロンバは躊躇することなく応えた。そして懐より書物を取り出し、中を開いて縣夫人の前に置いた。そこにはハングル文が記されていた。 「この書物には、このように書かれています」  コロンバは書物に目を落とさずに内容を朗じた。  縣夫人と脇にいた申夫人は書物を見ながらコロンバの声を聞いた。彼女は内容を全て覚えているようであった。コロンバの口から流れる言葉は美しく、聴き心地がよかった。一頁朗じられたところで、コロンバは一息つけた。 「とても興味深い内容だ。だが分からぬ点もあるのだが」  熱心に聴き入っていた縣夫人はさっそく疑問点を問うた。 「それは、このようなことでございます」  コロンバが答えると縣夫人が重ねて訊ね、続いて申夫人も遠慮がちに質問した。この遣り取りにすっかり満足した縣夫人は 「この書物や天主について更に知りたくなった。明日も来てもらえないか?」 と依頼すると 「かしこまりました。明日、またお伺いいたしましょう」 とコロンバは快諾した。こうしてコロンバの良宮通いが始まったのである。
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