プロローグ

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【1】  全身から汗が噴き出していた。苦しい。息ができない。違う。できないのではなく息をしていない。自分が呼吸をするのを忘れるほど強い力で何かを握りしめている。  柔らかく暖かいそれは人間の肌だった。より正確に言えば首だった。自分の両手が人の首を絞めていた。なじみ深い顔。しかし、どこか見慣れない顔。不思議な感覚に襲われながらも僕自身は両手の力を緩める事はできない。首を絞められている人物は苦痛に表情を歪めている。抵抗しようともがいて両手を首元に持ってくるがそこで力尽きたのかだらりと両手を降ろした。  全身の力が徐々に抜けていき人間の体重が両手にのしかかってくる。その重さに耐えられず両手の力が抜ける。  首を絞められていた男がだらりと弛緩した体勢で床に座り込む。横から誰かに見つめられている気がした。視線を感じた方向を顔を向けるとそこには一人の人間が立っていた。  びくりと驚きが全身が硬直する。すると、その人間もびくりと体を動かした。ガラスだ。ガラスに自分自身の姿が写っている。青白く表情が引きつりどんよりとした目が僕自身を見つめていた。ふと違和感に気付く。ガラスに写った顔を目の前で座り込んでいる男の顔。  二人の顔がまったく同じだった。武田啓司。僕自身が目の前で死んでいた。全身に鳥肌が立つ。得体のしれない悪寒が体中を駆け巡り全身の毛穴から汗が噴き出す。  目の前で力なく座り込み弛緩した顔は白目をむいてだらしなく舌を口からこぼしている。僕はどうして。自分を殺している? どうして?
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