死者は語れず使者にはなれない

6/165
前へ
/1000ページ
次へ
「先輩、今日仕事終わりに時間ありますか?」  今日は金曜日、急ぎの仕事も今は抱えていない。しずるは今日は友達とご飯を食べに行くと言っていた。 「ああ。あるよ」 「ちょっと、飲みにいきませんか?」  右手でグラスを持って傾ける仕草をしながら渡瀬が言う。この子は時折仕草がおじさんくさい。 「僕は構わないけど……」  言葉を濁す。僕自身は特に問題はない。問題は二人で飲みに行くと言うことだ。しずるは怒るだろうか。連絡をしてなるべく早く帰るようにすればいいと思う。もともとそういうことで怒るタイプではない。 問題は、しずるではなく。今でも僕たちにちらほら向けられている同僚たちの視線のほうだった。 「ああ、先輩。もしかして、私と二人きりで飲むのに何か期待しているんですか?」  渡瀬はわざとらしく腰にしなをつくって顎に人差し指を当てて、僕にすり寄ってくる。
/1000ページ

最初のコメントを投稿しよう!

183人が本棚に入れています
本棚に追加