死者は語れず使者にはなれない

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「お前ね」  僕があきれた顔をして一歩後ろに下がると、渡瀬も一歩踏み込んでくる。僕の目の前までくると、上目使いで見上げてくる。その瞳がわずかに潤んでいる。  数秒間、二人が沈黙のまま見つめ合う。直後、渡瀬の口角があがってケラケラと笑う。 「心配しなくても大丈夫ですよ。先輩っていい人ですけど、男性としては魅力はまったく感じませんから! どっちかっていうと動物系のかわいさはあります」  ケラケラと笑い続けながら渡瀬が言う。 「渡瀬。そういう冗談はやめろって前から言っているよね」  僕がわずかに怒りを含ませて言うと。渡瀬はすぐに真面目な顔になって頭を下げた。 「すいません。調子に乗りました。先輩に対する態度じゃなかったですね」  真剣に謝っている顔だった。僕は毒気を抜かれてため息を吐く。渡瀬が当然相手を見て、自分の態度を決めているのは分かっている。分別のある後輩なのだ。僕に軽口を叩いてくるのは僕に対する信頼の証しなのだろう。  でも、問題はそこではないのだ。渡瀬は自分が可愛いと言われる容姿を持っていると言うことを自覚しているタイプの人間だ。  それは理解しているが、自分が周囲にどう思われているかには無頓着な所がある。
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