死者は語れず使者にはなれない

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 会社のロビーという周囲の視線が多いところで飲みに誘うということ事態が周囲にどう思われるのかということを理解していない。それとも理解していても無視しているのかもしれないが。 「いいよ。それに、どうせ二人きりで飲むわけじゃないんだろ?」 「もちろんですよ」  にやりと笑いながら渡瀬が言う。訂正しよう。渡瀬は自分が周囲にどう見られているか自覚していて、あえて無視しているタイプだ。間違いない。それでも予防線をしっかり張っているところはそつのない事だ。 「他には誰がくるの?」 「それは内緒です」  口許に人差し指を当ててにこりと笑う。僕はその笑顔に嫌な予感しかしなかった。渡瀬がこんな風に笑う時は大体ろくな事を考えていない時なのだから。 「じゃあ、七時にいつもの飲み屋で」  一方的に告げると渡瀬はさっさと立ち去って行った。僕はまだ行くとは言っていないのだけれど。断られることなんて微塵も感じていないのは僕に対する行為なのだろう。  そう無防備に信頼されると、悪い気はしなかった。とりあえず、しずるに連絡をする為に携帯電話を取り出した。
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