小学5年生 1

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「ここは、本当にいい所ね。」 少し遅れてやって来た母は、この部屋の掃き出し窓を開けて、外の空気を吸い込んでいた。 母をすり抜け、部屋に入り込んだ風は、部屋を優しく回旋した。 夏の足音が、すぐそこまで近づいている。 そう感じさせる初夏を予感させる風だった。 母は、「頑張ろう。」と自分に喝を入れ直すように言うと、ダンボールの山をかき分けるように荷ほどきを始めた。 小学校2年生の弟は、新しい自分の部屋に大興奮のようだ。 弟の部屋から、うーともあーとも聞こえる声がやたらと聞こえてくる。 ひかりも、与えられた自分の部屋の片づけをしなければならないが、やる気が起きなかった。 片付けに追われる母を感じながら、リビングの窓の前に立って、ただぼんやり外を見ていた。 「ひかり、来週から学校へ行けそうよ。緊張しているよね?」 母は、荷ほどきの手を休め、ひかりに声を掛けた。 「こんな状況で、緊張しない人はいないよ。でも、仕方ないから。」 ひかりは、投げやりに答えた。 自分の気持ちに関係なく、右も左も分からない学校に放りこまれる。 転校生はみんなに注目されて恥ずかしいし、何をしていても目立ってしまうから嫌だ。 それに、どんな子がいるかも分からない。 今まで見ていたテレビ番組だって違うし、話し言葉だって違う。 お友達として付き合っていける気がしない。 渋々やってきた田舎町に、楽しい期待などもてるはずがない。 お気に入りの公園も、白い家の庭に繋がれているあの犬も、夕方になるといい匂いを漂わせるあの焼き鳥屋も、ここには無いんだから。 消化できない苛立ちばかリが募っていく。 「大丈夫よ、ここに悪い人はいないわ。すぐに馴れるわよ。」 母は、この町を覆うのんびりとした風にほだされて、気持ちがおおらかになっている。 「簡単に行くわけない。」 ひかりは、独り言を言うようにつぶやいた。 「頑張って片付けちゃいましょう!」 母は、聞こえないふりを決め込んでいるようだ。 努めて明るく、元気な声を掛けてくる。 私にも遠回しに、頑張れと言っているような口調だ。 そんな押し売りなら、いらないのに・・。 また一つ、ためいきが出た。
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