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そして、母が曽木発電所遺構について調べてくれた時の言葉を思い出していた。
“建物全体が見えるのは、夏だけで、普段は水の中に沈んでいるそうよ。”
確かに母をそう言っていた。
つまり、睦君に会えるのは夏だけだ。
「睦君に会えるのは、夏の間だけ・・なんだね。」
ひかりは、静かな声で言った。
「そうだよ。」
やっぱりそうだったんだ・・夏にしか会えない・・睦君に会えるのは、夏だけだ。
どことなく寂しい風が吹き始めた。夏の終わりに吹くあの風によく似ている。
ここで、寂しい顔をするのは、睦君に悪い気がした。
睦君は話したくなかった自分の素性を、私の希望を叶える為に、明かしてくれたのだ。
そこには、ひかりには分からない事情や葛藤があったのかもしれない。
そこまでして答えてくれた睦君には、せめて私が持つ寂しさに晒してはいけないと思った。
それが私に出来る数少ないことだ。
「まるで、睦君の夏休み、みたいだね。」
努めて明るく、笑顔を交えながら言った
「夏休み?」
「そう。夏の間だけ睦君の世界を抜け出して、自由に外に出られるんでしょ?
私も、夏の間だけ、学校が休みなの。その休みを夏休みって呼んでるから。」
「夏休み・・なんだか楽しい響きだね。ひかりちゃん、僕はいつでもここにいるからね。
そろそろ、君が目を覚ます時間が来たようだ。
目を閉じて。3つ数えたら目を開けて。いいね?」
「分かった。」
「一つ、二つ、三つ。」
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