小学5年生 1

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ひかりが今まで住んでいたのは、関東近郊のベッドタウンだ。 碁盤の目の様に道が整備され、住宅が密集して建っていた。 仲のいいお友達の家も、ひかりの家から、徒歩3分以内で行けた。 学校にも歩いて5分以内で行けたし、登校中、たくさんの友達とも合流できた。 中里さんは、三好君が好きだと教えてくれた。 田中君は、みんなの前でサッカー選手になりたいと正々堂々と発表した。 休み時間、ドッチボールをしていて、宗太君に泣かされた。 “ドッチボールなんだから泣くな” 宗太君はみんなの前では強気でそう言ったが、後でそっと謝ってくれた。 すべてが当たり前の光景だった。 当たり前じゃなかったんだなぁ。 今になって、身に染みている。 「ひかり!」と私を呼ぶ声や、友達が向けてくれる笑顔は、大切なモノだった。 この田舎町に引っ越してきて、初めて気が付いたことだった。 みんながいるあの街に戻りたい。そんな事ばかりが通り過ぎていく。 ひかりが住んでいたあの街の自然と言えば、コンクリートで囲われた川と人の家に植えられた庭木くらいだった。 今までに霜柱を踏んだのは3回しかないし、ザリガニは学校の水槽か教科書でしか見たことがない。 印象に残る風景は、川沿いに植えられた満開の桜だけだ。 それに引き換え、この伊佐市は、自然の宝庫。 幾つも山が連なり、その先には、たくさんの水をたたえた鶴田ダムが鎮座している。 ダムに繋がる川内川が、畑や田んぼを潤し、この辺りを豊かに支えている。 あのダムや森林で浄化された風によって、育まれた自然の素晴らしさは、今まで自然に触れずに育ってきたひかりにも、十分に理解できる。 透き通る風の匂い、肌に触れる空気、木々の間から差すダイヤモンドのような木漏れ日。 大自然に抱かれているとささくれだった心が自然治癒を模索し始めていた。
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