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「睦君・・」
あたりは暗闇と静寂があるだけだった。
手渡しされた二つの石には、睦君の手のぬくもりの余韻が残っていた。
ひかりは石を握りしめて、泣き崩れた。
せめて、このぬくもりは消えないでと心が叫んでいた。
溢れる涙が頬を伝っている。
涙が流れる程に、不思議と心が穏やかになって行くような気がした。
そのうち、流れる涙もいつしか消えていく。
大荒れの心も少しずつ、大きな波が小さくなっていく。
ひかりから込み上げるこの切なくて苦いような想いは、勾玉が吸い取っているのかもしれない。
しばらく動けずにいたひかりだったが、分厚い雲はいつしか消えて、晴れ渡った空を取り戻していった。
真っ青な空には、雲一つなく、風も止んだ。
こんなにうららかな気分は久しぶりだった。
「そうだよね。いつまでも睦君に頼ってちゃ、ダメだよね。」
ひかりの心は、揺らぎが消えた水面と変化し、鏡の様に心模様をくっきりと映し出した。
私が進むべき道は、はっきりと見えている。
この道を、私は前を向いて歩いていく。
人として全力で生きていくんだよね。
睦君、私はもう、振り返らないよ。
睦君が待っている、あの場所にたどり着く日まで、私は生き抜くからね。
ひかりは確かな足取りで曽木発電所遺構を後にした。
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