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早い時間に雨が降ったからか今日の客の入りは決して良くなかったのだが、少し前まで若い客が数人いて騒いでいた。店には少し不似合いな珍しい客だったが、それでも活気をもらい心地よい疲れに俺はふっと息を吐いた。
グラスを丹念に磨き上げ、そういえばボンベイサファイアが切れてしまったなと思う。先程の客がジントニックを好んでいて、ボンベイの鮮やかな空色の瓶に魅せられたかのようにボンベイを使ったジントニックを何杯も飲んでいた。随分と遅い時間であるし、ひょっとしたらもう来ないかもしれないなと頭の片隅で少し寂しく思いながらも、しかし如何せん彼のお気に入りの酒を出すことが叶わないのだから、来てくれるなら明日の方がいいと勝手なことも思う。
カランと乾いた音と共にドアが開きいつものようにいらっしゃいませと言葉を乗せてはみるが、それも尻窄みになるのは件の人、篠山威弦であるから。まあそんなものだよなと気を取り直して改めて笑顔でコースターをセットする。
「なんだ、今日は元気ないな」
スーツの懐から煙草を出しながら訝しげに俺を見るものの深くは詮索してこない。この男のこういうところを俺はいたく気に入っている。
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