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「ボンベイとリベットの瓶の色を頭で並べていたらふと思いまして」
言っておいて少し恥ずかしくなった俺は心持顔を俯かせた。
「なるほどな」
馬鹿にするわけでもなく、ほどほどの音と静寂。俺は彼とのこの空間が好きである。経営者としてはダメな事だが、もう今日は誰も来なければいいのにと願ってしまう。
「最近どうだ」
「今日みたいな雨の日は週末と言えども寂しいものですがまあなんとか」
「そうか」
カランと願いも空しくドアの開く音に先程と同じくいらっしゃいませの言葉が尻窄みになって行く。最近よく来てくれるものの少しばかりしつこい客である。なにも彼が来ている時に来なくてもとついつい考えてしまう。心地よい静寂は
「なあなあマスター、そろそろ考えてくれた?」
雰囲気にそぐわない大声にかき消された。一瞬ピクリと俺と彼のこめかみが動いたがこの薄暗さに気取られる事も無く何事もなかったかのような無表情になった。
「なにを、ですか?」
「だからさあ、せっかく部屋借りたんだからちょっと寄って行ってよ、あ、ビールね」
ビールサーバーの方を向いた俺のしかめっ面は男からは見えないが彼からは見えたようでふっと笑うのが見えた。
「近いんだから」
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