<2年前>

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「え?久保田さん外出ですか?」 「ええ……大変申し訳ありません。連絡してみたのですが打ち合わせ中らしく携帯にでないもので」  持参したカタログをカバンから取り出し受付に向かった宮田は14:30の7分前に到着したことに気をよくしていた。遅すぎず早すぎもしない時間。時間を守ることは仕事を円滑にするために必須だ。それなりに打ち解けた取引先だとしても甘えは仕事に必要ない。プライベートでは時間を守ることが苦手なだけに、宮田は仕事の時は時間に注意を払ってきた。  それなのに、相手が自分のアポを忘れて外出しているとは何の皮肉だろうか。今日の訪問を設定するためにスライドさせた他の案件を思い浮かべると眉間に皺が寄った。  とはいえごねてどうにかなる状態ではない。会いたい人間がいなければ出直すしかなかった。またスケジュールを調整しなければならない。 「では、これをお渡しください」  宮田は『メールをご確認ください』と一筆いれた名刺を添えてカタログを受付けの女性に渡した。 「本当に申し訳ありません」 「いえいえ、出直せばすむことですので。久保田さんによろしくお伝えください」  軽く頭を下げたあと右足の脇に置いてあったカバンを掴む。会社に戻る前にコーヒーを飲んで空振りを慰めよう。無駄足という結果を上司に報告することを考え宮田はため息をこぼした。 「お世話になっております」  宮田はカバンを掴んだ姿勢のまま視線を上げた。受付の女性の横に立っているのは自分より幾分か背の高い男性だった。黒に見えるほどの深いチャコールグレイのスーツに水色のシャツ。複雑に織られたネクタイの模様がブラウンのトーンと相まって上品な質感を主張していた。完璧なVゾーンの演出に、宮田は目が釘付けになる。セレクトショップのディスプレイでも、これほどキッチリ決まったコーディネイトは見たことがない。 「私でよかったらお話しを伺います。メールでのやりとりよりも宮田さんのセールスポイントを久保田に伝えられますから」    カバンを手にしたまま宮田は立ち上がった。スマートさを見せつけられているようなスッキリとした額。黒髪は柔らかく整えられ額にサラリとおりていた。意思の強そうな瞳が宮田を見詰めている。薄い唇が何かを言いたげにわずかに開いていた。男臭い容貌ではないのに男らしいがピタリと当てはまる。
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