30人が本棚に入れています
本棚に追加
結城にとって、この花火大会と縁日は真美との思い出の場所だった。
縁日の屋台の長い行列に耐えて焼きそばを買ったり、りんご飴の照明に反射して輝く美しさに惹かれて、真美が買ったり
お互いどうしてこんなに買ってしまうのだろうと笑い合ってしまっていた。
そして手荷物を重くして花火大会へと向かう。夜空に咲く花を、二人で見上げて。
「きれーい」「すごい!」と叫びあって、イカ焼きを頬張っていたという。
でも結城を亡霊のように立ち止まらせたのは、その思い出のせいではなかった。
フラッシュバックした記憶。その中で笑っているはずの真美の顔を思い出せなかったのだ。
あんなに楽しそうに笑っていた彼女の、その顔を……。
「真美は今眠っていて、とても元気だった頃とは違ってしまった……あの頃の写真は何度も見ているのに……」
どうして思い出せなかったんだ……どうしてと結城は何度も言葉を繰り返す。
春馬は少し、その理由が、他人だからこそ分かっていた。
結城はこの現状に疲れを覚えていないわけではない。いやむしろ誰よりも心をくべているからこそ、心の負荷が大きくなっている。
真美の噂は聞いたことがある。意識を取り戻すことはほぼないだろう、心臓の音も弱くなりはじめている、と。
でも結城は、現実も心の悲鳴も無視して、真美を待っている。
それしか寄る辺がないのだろう……隣にいる、春馬の心も見えていない。
春馬は強くを目をつむり言った。
「疲れてんだよ、きっと」
「え……」
「仕事疲れがひどくて、うっかり、忘れたんだよ」
ぽかんと結城は口を開けた。
「そうなのかい……そうなのかな」
「あまり気にすんな。真美さんもそんなことで気にしねぇよ」
「確かに気の大きい子だったね」
「そうだとしたら、安心だな」
「ああ……」
結城に春馬は背中を向ける。真美のことを、本来自分はとやかく口をあける立場ではない。でも、こんな下手くそな、安直な慰みを受け入れてしまうくらいに、結城は参っている。どうしたらいいんだ。こいつの地獄を、どうしたらなんとか出来るのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!