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ビールの旨さと転機
手打ちは縁日のビールで行った。
「はぁー肩が重かった」
大げさに肩のこりを取ろうと腕を回すと、結城が困ったように苦笑いをした。
「悪かったねぇ、春馬君」
「そうだな、今度は焼き鳥でもおごってもらおうか」
わざと横柄に言うと、結城は吹き出すように笑った。
「ははっ、春馬君。君、笑ってるよ」
「バレたか」
春馬はニコニコと笑っていた。
結城が春馬に迷惑をかけたと思って、またしょぼくれた顔をするのではと思った上での行為だった。
結城はビールの缶に口をつけながら、喉を動かす。
「ビール、おいしいな」
「ん、そうだな。このビールだったら飲める」
「それ、ビールに飲み慣れていない人は、苦手らしいよ」
「あれ、俺、そんなに飲んだことないんだけどな」
そう言う春馬に、結城は小さく声を漏らした。
「きっと、天性の飲んべぇだ」
「マジかよ……」
「きっと、焼酎も日本酒にも、そのうちいけるかもしれない」
「はぁー。ああ、でも母さんも飲めるクチだしなぁ」
「遺伝かもしれないね」
遺伝で酒好きとは、良いのか、悪いのか。
そう思いつつ、春馬はビールを飲んでいく。
結城は夜空を見上げながら、ぽつりと言う。遠くで花火の打ち上がる音がする。
「……なんで、こんなにビールがおいしいのかな」
「え」
「いや、このビール、おいしいのは確かなんだけど」
「ああ」
「だけど、一人に飲むよりずっと、おいしい」
「俺もおいしいよ」
「あ、そうなの」
「ああ……」
「どうしてだろね」
結城の場合どうしてなのか、分からない。ただ春馬にとって、結城と一緒にやる行為は何もかもが楽しかった。
一緒に食事をとるときも、買い物をするときも、こうして花火大会なのに、暗い夜空を見たり、ビールを飲んだり。
「きっと、遺伝だよ」
「はい?」
結城は不思議そうに目を丸くする。
「昔のご先祖様って、一緒に狩猟したりして、ずっと今より助け合いをしていたんだろ」
「そうだね」
「きっとその時から、遺伝で、誰かと一緒に過ごさせるのを、楽しくさせたんだよ」
結城は深く何度も頷いた。
「そっか、遺伝か。それは抗いようもないね」
「だろ」
結城は小さく呟くように何かを言った。
それはか細い「……ありがとう」だった。
春馬はそれが聞こえないようにしながら、夜空を見続けた。
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