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息を吸い込んで、そのドアの前に立つ。
会えるという喜びと、その裏の理由に対する落ち込み。
その二つを抱えて、大友春馬はチャイムを鳴らす。
「またねぇ、真美が帰ってこなかったんだよ」
そう、のんきな調子で言葉を吐くのは友人の樫井結城だった。
背丈は百八十近く、それよりも少し小さい春馬は、目を細めて空笑いをする結城を軽くにらむ。
「だからって、未来の嫁さんに食べさせる予定の飯を、俺に食わす必要はないだろ?! 結城さん」
春馬が鼻を鳴らすと、まぁまぁと結城は手を前にかざして、場を納めようとする。
結城はエプロンを脱ぎながら、春馬をリビングへと案内する。
一人暮らしにしては広い間取りだ。真美さんと一緒に暮らすために元々借りた部屋だという。
木のぬくもりが伝わる、フローリングや柱、家具も木製のものが多い。
これも真美さんや、今後生まれる子供、そのことを考えてのチョイスだと、いつかの時に聞いた。
二人でも十分に広いテーブルには、食事が並んでいる。
炊きたてのご飯に、つるむらさきのおひたし、トマトとなすに揚げた小魚を入れたマリネ、豚の薄い肉を使った生姜焼き、わかめと豆腐のみそ汁。
「なんか、一個一個の量が多くない?」
「うん……明日は作れないと言うこともあって、その、量は作りすぎた自覚はある」
「はぁー、どうすんの。俺でも食い切れないよ」
すると結城は一つ提案があると言い出した。
明日、残ったご飯の残りは自分の食事や弁当にするつもりだったらしい。さらに加えて。
「春馬君の明日の弁当にしてもいいかな。大学に行くんでしょ、昼飯代は浮かせたいだろう」
結城の言葉の前にさっそく春馬は食べ始めていたが、その言葉に軽く息をのむ。
「え」
「あ、駄目だった?」
「いや、別にいい」
春馬はつるむらさきのぬめりけのある食感を味わっていたが、顔面の表情を隠すようにご飯をかきこんだ。
明日は会えないと思っていたから、今日をちゃんと味わおうと思っていたのに、まさかの提案に顔がにやける。
でもそんなことばれるなんて、たまらなく嫌だから、隠す。
恋情をばれたくないのもあったけれど、男として、なんか見せたくなかったのだ。
「良かったよ、さすがに食事を駄目にさせたくなかったからね」
結城は春馬の様子を気にせず、ニコニコと食事を取り始めた。
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