帰らない婚約者

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 食事が終わると春馬が片付けを申し出た。 理由はともあれ、食べさせてもらったのだ。何もしないで帰るわけにいかない。 結城はその申し入れを受け入れて、飲み物を片手にテレビへと向かった。 ゲームするつもりなのだろう。 結城は見た目は読書好きな青年という眼鏡をかけた風貌なのだが、実際は読書嫌い。 ゲームをするのが楽しくてしょうがないという。 ただし腕前はへっぽこだ。努力と粘り強さでクリアしていくタイプだ。 それほどゲームをするわけではないが、腕前自体は春馬が上だったりする。 「あ、くそ……」  春馬は丸いキャラクターがダンジョンを攻略していくというゲームをしているようだ。 特殊能力が付与して、攻略するのが基本なのだが、今はそんな段階で詰まっているのではなさそうだ。 ジャンプに失敗して、行くべき場所にいけず、困っている。 食器洗いが終わった後、何度もボタンを押す結城を見た。 ああ、完全に執着して、冷静さを失っているな。  春馬ですら見て取れる。 駆け出すキャラクター、画面を凝視している結城。  春馬はぽんと言葉を出した。 「ここだよ」  結城の掴んでいるコントローラーのボタンを押す。 「へ」   ぽん、と飛んでいくキャラクターは次のステージへと進められている。 結城はきょとんと顔だけ春馬に向けた。思わぬほど、顔が近くなる。やばい、威力が凄い。 思わず、バッと離れてしまうが、結城は攻略できたことに夢中で笑顔をこちらに向けた。 「いや、助かったよ……春馬君が攻略した方が早く終わりそうだね」 「あ……うん。そうかもな」 「それにしても、なんでそんなに遠いんだい?」 「う、うるさいな……」  春馬はどきまぎしながら、冷蔵庫から飲み物をとるために立ち上がった。   「また今度。もしかしたら今度もご飯、食べてもらうかもしれないな」 「いいかげんにした方がいいと思うけどな」 「……じゃあね、春馬君」  呟くように言った春馬の言葉に返答せず、結城は扉を閉めた。 今日の空は曇りが薄くかかり、星や月があまり見られなかった。 今年の夏は酷暑らしく、夜なのに蝉の声が弱い。蚊もほとんど刺されない。 だからこそ、思考が沈んでいく。  楽しい時間の後の、重苦しい感覚。水泡の中に閉じ込められてしまったようだ。  
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