再び

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「本当に素敵な香りね。こんなお酒もあるのね」 そう言って、里美ママはグラスを口に運ぶ。 「美味しいわ。私ラムってあまり飲んだことないけど、繊細な甘さの中にも、ちゃんと芯があるような。ごめんなさい、上手く言えないけど」 男は自分もグラスに口をつけ言う。 「いえ、そんなことはありませんよ。美味しいと言っていただけて良かったです」 男は手に持つグラスを見つめて黙り込む。まるでここにいない誰かのことを考えてるように、里美ママには見えた。 ふと、里美ママが男に尋ねる。 「このラムの香りと、最初店に入って来た時に感じた香りは違うような気がするんだけど。何かこれよりもっと凝縮された柔らかいあまさのような」 男は里美ママに目を向け答える。 「その通りです。最初ママが感じた香りは、これを一年樽で熟成したものです」 「そうなのね。ぜひそちらも飲んでみたいわ」 男は少しの沈黙のあと、 「ママ、申し訳ありません。そちらは今はお出しできないのです。こちらの都合ですが、どうかご容赦ください」 そう言って、ゆっくりと、相変わらず月も星も見えない窓の外にまた目を向けた。 今日、男が店に出る前に、自宅で海外ニュースを観ていると、ある一報が飛び込んできた。 フィリピンのザボワ島でイスラム過激派の一党が武装蜂起して、一部住民それに警察隊と激しい戦闘状態に入ったと。 そして、島の重要な産業に成ると期待されていた松島の蒸留場が襲撃され、多数の死傷者が出ていると。 イスラム教では基本的に酒を禁じているので、過激派の格好の的にされたのだろうとも解説されていた。 オーナーである松島の安否は不明とされていた。 前々から、小さくではあるがニュースになっていた。各地で劣勢に立たされていた過激派が、フィリピンの小さな島々に潜伏して、いずれは集結するのではと。 松島は島の不穏な空気を肌で感じていたに違いない。それでも、島を見棄てて逃げることはできなかったのだろう。軌道に乗りそうな蒸留場とその従業員や、何より島の子供達。 それに、すでに情報を掴んでるだろうフィリピン政府の素早い対応に期待していたのかもしれないと男は思った。 松島が再び占いを懇願した時に、もう自身の中では答えがでているのではないかと男は感じた。 導く結果いかんに係わらず。 だから男は、強く言ってしまったのかもしれない。 信じることができますかと。
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