再び

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すがる 「やってるかな?」 開け放たれた入り口からの声に、男は目を向ける。 時間は夜の七時。 窓から見える外も、この時期だと夜というにはまだ早い。 「いらっしゃいませ。どうぞ。大丈夫ですよ」 男にそう言われ、声の主は、店の一番奥の窓際の席に座る。 夕方に降ったにわか雨のせいか、開けた窓からは、日中の蒸し暑さからは考えられない柔らかい風が入り、声の主の頬をなでる。 「随分とご無沙汰してたが、私のことは覚えているかな?」 「ええ。覚えていますよ」 男は静かに答えた。 声の主は松島といった。 五年前に、男が占った客である。 普段客に名前を尋ねない男が松島の名を知ったのは、テレビのニュースの特集であった。 松島は三年前に、フィリピンのザボワ島に渡り、ラム酒の生産を始め、それで取り上げられた。 ザボワ島は小さな島で、これといった資源もなく、漁業と観光で細々と成り立っていた。 表向きは。 裏では、目立たない小さな島というのを隠れ蓑に、幼児売春と臓器売買が横行していた。 仕切っていたのは、島のトップであり、警察との癒着もあって、表には出ることがなかった。 もちろん、試みたジャーナリストもいたが、誰一人帰って来ることはなく、世界のニュースの片隅に行方不明扱いで載るのが常だった。 そんな島に転機が訪れたのは、八年前にフィリピンの大統領が変わった時だ。 汚職や犯罪の撲滅を掲げて当選した大統領は、あらゆる犯罪に対して、苛烈な取り締まりを行った。 余りの苛烈さに、人権団体を含む世界中から避難を浴びたが、それも意に介さずに着々と成果を上げ、 国民の支持を得ていった。 当然、ザボワ島にも手が入り、軍隊を投入する、さながら内戦状態の装いを見せた。 それにより、島は壊滅的な打撃をうけたが、シンジケートは潰され、トップを含むメンバーの逮捕で終焉を迎えた。 島は平和を得た代わりに、何もない、荒れた市街地だけが残る、見捨てられた地となった。 犯罪とはいえ、恩恵を受けていた島民も多く、その日の生活もままならない状態が続いていた。 日本で幼児保護の人権団体の代表を務めていた松島は、そんな現状を嘆いていた。 今のままでは、また犯罪の温床になってしまう。 なんとか復興に協力したいと。 そんな時松島は、ラオスでラム酒造りをする日本人の記事を目にした。
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