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男はグラスを顔に近づける。
「アグリコールですね。繊細なのに、しっかりと個性も見える香り。ここまででも素晴らしい」
松島はにこやかに頷く。
男は香りを愛でて、グラスを口に運ぶ。
「これは」
暫しの沈黙のあと、男は言う。
「ただ若いだけの、粗削りな力強よさだけじゃない、男性的というより、若い女性の力強さと青さを感じます。クセはありますが、甘味と相まって、それが、良く際立つ」
もう一口含み、ゆっくり飲み込み、余韻を確かめるように目を細める。
「優しい蜂蜜のような甘さが残ります。抜ける香りは、そうですね、ガーデニアのような。甘く爽やかな印象です」
男は松島の顔を見て言う。
「素晴らしいラムに間違いありません。これは高い評価を得ると思います」
松島は嬉しそうに答える。
「いや。凄く嬉しい評価だ。さあ、もう一本もぜひ」
男が促され、もう一本のコルクも開けると、まだ一本目の香りが残る店内に、より柔らかく、それでいて凝縮された香りが上書きされていく。
男は先程と同じように香りを確かめ、グラスを口に運ぶ。
暫し余韻も確かめ、松島に言う。
「これは、まだリリースしませんよね。最低でもあと二年は樽熟成させるのでは?」
松島は驚いて答える。
「良く分かったね! その通りだ。いや、凄いな」
「これでも十分な評価は得られるでしょうが、熟すのはまだ先かと思いまして」
「そうなんだ。これは一年樽熟成したもので、あと二年、三年熟成で出そうと考えてる。その先も十年、十五年物とリリースしたいんだ」
「それは楽しみです。この店でもお客様にぜひ飲んでいただきたいですね」
松島はその言葉を聞いて、自分のグラスを一気に煽った。
男はいぶがしがりながら、松島に目を向ける。
松島はさっきまでの顔つきとは違い、何かに迫られてるように感じられた。
グラスを強目にカウンターに置き、松島は男に言う。
「また、占ってくれないか」
絞り出すような声だった。
悲壮感が滲み出ていた。
沈黙のあと、男は松島の目を見て静かに言う。
「わかりました。占いましょう」
窓の外は、灯り始めた地上からの光が、降りてくる夜の帳と混ざりあってるようだった。
そこから吹く柔らかな風が、男達をラムの香りと共に包んでゆく。
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