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占う
エレベーターが四階で止まり、ドアが開く。
目の前に現れた薄暗い通路は、松島にとって安易に踏み出せるものではなかった。何故なら、松島の選択次第では引き返せない道に見えたから。
私は占いの結果、どういう選択をするのだろう。
自身でも分からない、胸の内を呟くのを止め、覚悟したように、一歩を踏み出し、店に向けて歩きだす。
いつまでも続くかと思われた通路も終わりが見え、男の店の開け放たれた入口に立つ。
「お待ちしてました」
男の静かな声が聞こえた。
松島が男に懇願した時、この時間を指定された。
思えば前回もそうだったか。
時間は夜の12時。
店内には、松島も昔聴いたことのあるラジオ番組のオープニングが流れていた。
これも前回と同じか。
ただ、違うのは、ナレーターの声が変わってたくらいだ。
「今はこの人がやってるんだね。以前はもっと重みのある、低くて静かな声だった」
そう言いながら、松島はカウンターの中程に座る。
「この方で五代目ですかね。確かに以前の方程の重みはありませんが、これから成熟していくと思いますよ」
松島は、あなたの造るラム酒のようにと言われてるような気がした。
「そうだな。その通りだ。きっと円熟味を増し、馴染んでいくんだろうな」
男は松島に問う。
「どうしますか。始めますか? それとも何か召し上がりますか?」
男の問に松島は答える。
「もう一度君と、私のラムを飲みたい。いいかな?」
男は記念にと松島が置いていったラムをカウンターに置いた。
松島は驚き、男に尋ねる。
「どうして、これだと分かったんだい?」
男がカウンターに置いたのは、一年熟成の方だった。
「何となく、あなたはこちらの気分ではないかと思いましてね」
「まさにその通りだよ。いや、本当に君は凄いな」
男は松島の声を聞きながら、グラスにゆっくりとラムを注ぐ。
店内に、最初開けた時とはまた違う、窓から見える凝縮された夜が混ざったかのような、深くて甘い香りが満ちていく。
「なお深みが増したような香りだな。時間が経つとこうも変わるのだね。いや、もちろん変わるのはあたりまえだが、こうも深く変わるのは初めてだよ。きっと君の店のせいだろうね。まるで、君の雰囲気とそっくりだ」
そう言い、松島はグラスを掲げる。
「もう一度乾杯しよう。この夜に」
男もグラスを掲げる。
お互い一口飲み、余韻を楽しむように、沈黙する。
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