25人が本棚に入れています
本棚に追加
充分余韻を楽しんだのか、松島が沈黙を破る。静かな声で。
「では、始めてくれ」
男も静かに答える。
「わかりました」
男は店内の照明を落とし、ラジオを消して、キャンドルに火を灯す。
それを松島と男の間に置く。
開けた窓から入る真夜中の柔らかな風に吹かれ、火が揺れる。
その火の揺れに照らされ、夜と同化したような店内に、男の姿が妖しく浮かぶ。
男は松島を見て言う。
「私はあなたの選択肢を占い、結果を導くだけです。結果に対しての助言もできません。選ぶのはあなたです。それと以前にも話しましたが、悩みを話さないでください。余計な影響を受けないためです。最後に、あなたは私を信じることができますか?」
松島は、何故か男の信じることができますかとの問に、幾分力がこもってるように感じた。
それでも答える。
「私は君を信じるよ」
男は伏せ目がちに、静かに言う。
「わかりました。では始めます」
男は黒のネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ開けて、首にかけていた水晶の原石を取り出す。
そして、それを松島の目線に垂らす。
「これから紙にあなたの選択を書いてください。そして、目を閉じて、この水晶を私がいいと言うまで両手で握りながら、それを思い浮かべてください」
松島は揺れる水晶を見ながら、男の声に聞き入っていた。その言葉が終わると、自然と頷いていた。
男に渡された紙に、松島は書く。
Yesと、少し離してNoと。
「握って、目を閉じてください」
松島は、キャンドルの光に照らされゆっくりと揺れる水晶を、まるで蝶を捕まえるように、そっと包みこんだ。
目を閉じ、選択を浮かべる。
やがて、浮かべたものが黒いもので覆われていき、代わりに温かいもので満たされていく。
心地良い感覚に思考が奪われていた。
男の声が微かに聞こえた。
「さあ、目を開けてください」
松島は、その声に呼び戻されるように、ゆっくりと目を開ける。
最初に見えたのは、揺れるキャンドルの火だった。
そして、そこに浮かぶ男を見る。
男は水晶を紙の上に垂らす。
小さく揺れている水晶から松島は目を離すことができなかった。
男はゆっくりと水晶をYesと書かれた上に持っていく。
水晶は変わらず小さく揺れている。
やがて、水晶はNoと書かれた上に移動する。
最初小さく揺れていた水晶が、揺れ幅が大きくなり、大きく円を描き始めた。
松島は息を飲んだ。
最初のコメントを投稿しよう!