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執着するのはしんどい。諦めきれないのは辛いのだ。風人もいつもしんどい。自分が女だったら友の長年の悩みを一瞬で解消できるのに。
「オレ、貝の世界ならモテたかな?」
「どうだろね……」
自転車は登り坂に差し掛かる。風人は自転車を停めた。
「オレが押すよ」
少し元気になったらしい達哉が提案してくれる。風人は有難く自転車を達哉に託し、自分は籠からコーヒーを取り出した。缶はもう温くなっている。
「静かだなあ」
達哉がつぶやいた。降り注ぐ月明かりの下で、達哉は眠たそうにあくびをする。
「あのさあ、達哉」
「なに?」
「……来世、俺が女の子に産まれたら達哉に告白しに行くから」
冗談みたいに言うつもりだったのに、声が震えた。空咳をして、誤魔化す。達哉の返事がないので、慌てて言葉を続けた。
「だから! だからさ、現世は自力で頑張れ」
「おまえ励まし方独特だな」
達哉は言いながら笑った。本音が冗談みたいに言えるのは、本音が冗談みたいに受け入れられるのは、真夜中だからかもしれなかった。
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