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でも、それはもう無理だと心のどこかで判った。
蓮は優しい、しかしそれは『誰にも彼にも』ではない。嫌いな人間にまで蓮は媚を売らない。
自分は嫌われた、もうあの胸に飛び込むことはできないだろう。
失って、初めて蓮と言う男がはっきり判ったような気がした。
出会った頃を思い出す。
数校の大学生が集まったパーティーだった。多くの参加者の中で目が合った瞬間、この人だと判ったのだ、それはお互いに、だったはずだ。
なのに。
蓮は。
今、自分を捨て、若い愛人の元へ走る。
蓮の愛情がたった一人のものになったと、はっきり判った。
***
蓮はマンションに戻った、ロビーに入ると男がインターフォンの前でイライラした様子で何度も呼び出しボタンを押していた。
その姿に、蓮は眉を寄せる。八代だとすぐに判った。表示されている番号は勿論、306だ。
放っておくか、と一瞬は思ったが、何せ八代をどけて鍵を挿し込まなくてはならない、一声は掛けなくてならないなら、不快は一緒かと蓮は軽く息を吸い声を掛ける。
「何か御用ですか?」
その声に八代はすぐさま振り返った。
「あ、佑葵くん、よか……っ」
嬉しそうな顔で振り返り、蓮と目が合った八代は途端に「あれ?」と呟いて蓮を遠慮なくジロジロと見ている。
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