夜明け

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夜明け

 薄暮が水平線に最後の明かりを残している。ベルハの船が去った後は、穏やかな風と波音だけが海上に広がっていた。    ギムリは上甲板の荷箱に腰掛けて、藍色になった波間を眺めていた。目に見える場所に仲間の姿はない。気を使って、離れたところや船内にいるのだろう。  エフローラが近寄ってきて、隣にそっと腰を下ろす。手で腹部を支えながら、額をギムリの肩にのせて囁いた。 「ありがとう、私たちのために」 「もう、オレたち、だ」 「でも、あなたの子ではないのに……」 「血の繋がりなんて関係ねえ。お前がオレを選んでくれた時から、もうオレの子だ」    エフローラが船に乗って、しばらくしてから聞かされたことを思い出す。生まれてくる子供を城で育てたら、暴君の二の舞いになってしまう。それを阻止したくて、命懸けで逃げ出したのだと言う。そんな強い意志を持った彼女を今では心から尊敬している。  ギムリは優しく彼女の肩を抱いた。 「ニューシタルハへ行かなかったこと、後悔していないか?」 「それだけは少しもないと言い切れる。ニューシタルハは、バルモア国の息がかかっていない場所、というだけだもの。頼れる人もなく一人でこの子を育てなければならないのと、海の上で心から信頼出来る相手と育てるのなら、誰でも後者を選ぶはずよ」  エフローラは頭を上げて、ギムリの目を覗き込んだ。 「あなたこそ、私たちを乗せたこと、後悔していないの?」 「初めて会ったとき、お前がオレに賭けた瞬間から、全て受け入れると決めていた。悔いなんかあるもんか」  目の前の、輝く澄んだ瞳。それを見つめていると、胸にじんわりと温かさが広がっていく。これからは二人のためにいい人間になろう。そう胸に秘めながら、膨らんだ唇に口を寄せた。温かくて柔らかい感触が、吸い付いてくる。  更に身体を引き寄せた時、エフローラが小さく呻いた。両手で腹部を抱えて、嬉しそうに言う。 「ついに来たのよ、この子と会える時が」
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