昼下がり

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 ハイデルの後ろから前へ進み出たのは、若い女だった。  露出の少ない服を着て肉感的な身体を隠してはいるものの、魅惑的な大きな瞳と丸い頬で十分目を引く。長い紺色の髪を垂らし、首や手首に金の装飾品をつけている。  見ているだけで甘い香りが漂ってきそうで、ギムリは思わず言った。 「いい女だな」 「彼女はエフローラ。バルモア国王の妃であり、私の娘でもある」 「ふうむ……」  ギムリは考えるように顎をさすった。礼金に興味はあったが、とても危険な仕事だというのは、今聞いた言葉だけで十分伝わる。  背後で仲間の「ほう」だとか、「へえ」だとかの感嘆の声がする。女に見惚れているに違いない。 「あんた、南部の待遇を少しでも良くするために国王に嫁いだんじゃないのかい? ただでさえダマー王は暴君と言われているのに、それが逃げ出したらどうなるのか……」  カヌマが心配そうに言うと、ハイデルが険しい顔つきで言った。 「陛下のお怒りは、この私が全て受け止める。全財産をギムリ君に譲る。どうか頼まれてくれ」 「払いが良すぎるのも、気乗りしねえな。オレが断ったら、あんた、どうするんだ?」  ギムリはハイデルに言ったが、答えたのはエフローラだった。 「もう城には戻りません。岬から身を投げます」  放つ声音が、臆病者に用はないと訴えてくる。目を合わせると、何者にも屈さないと言わんばかりの強い意志が宿っていた。こういう目をした人間を見るのは、久しぶりだった。 「覚悟は出来ている、ってことか」 「この逃亡は、私にとってそれだけの価値がある行為です」  値踏みするように、エフローラの頭から足の先までを再び流し見る。身分のある女にありがちな、高慢さや華々しさはない。彼女の魅力を引き立てているのは芯の強さだ。見続けていると、気持ちが昂ってくるかのよう。 「分かった、引き受けようじゃないか。金を受け取ったら、出発だ」  ハイデルは頷いただけだった。ニューシタルハまでは三か月ほどの距離だが、面倒なことになったら途中で下ろせばいい。そう考えていた。
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