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やがて僕の目の前に姿を現したのは、赤いレンガ造りの建物の上部だった。
下方に向かって次第にゆっくりとその全容を現してゆく建物は、三角形の屋根がある三階建てとおぼしき部分と、それよりも一階分低くて横に長く伸びている部分とで構成されている。
上辺が緩い弧を描いた大きな縦長の窓が等間隔に並んだ外壁部分は古代ローマの水道橋やコロッセウムを彷彿とさせるデザインで、建物全体は荘厳で重厚感の漂う中世ヨーロッパの寺院のような趣のある造形だが、何かの工場のようでもある。動力機構の駆動音はこの建物から発せられていた。
僕は眼前の建物を呆然と眺めながら、ふと水の気配を感じ出した。しめった匂いが鼻をついてくるのと同時に、今度はどこからか豊かな水流の音が聞こえてくる。
「水の音も、聞こえてきたでしょ」
サキはまったく動じていない。ここはどこなのか、そしてこの建物は一体何なのか──戸惑う僕の前に建物が完全に姿を現した頃、ようやく暗闇に目が慣れてきた。
僕とサキは山間の湖岸に立っていた。湖の水が引いてゆくに従って、湖底に沈んでいた建物が姿を現したのだ。
湖面の下降は止まったが、辺りには依然として水流の音が響き渡り、建物からはたゆみない駆動音が圧倒的な威圧感を伴って響いてくる。気圧された僕は虚ろに呟いた。
「ここは……一体……」
僕は独り言のように虚ろな声を上げた。
「ここは、『イサ』の『ソギ』」
「イサの、ソギ……?」
「そう。ここは、『イサ』。ようこそ『イサ』へ」
サキは僕の反応を楽しむかのように繰り返す。まるで聞き覚えの無い単語に首を傾げながら、僕は返す言葉もなくその場に佇んだ。
──もしかすると、いや、もしかしなくても。ここはいわゆる、“異世界”ってやつ?
戸惑いながらおもむろに隣を見ると、そこには空色のロングヘアを真夏の夜風になびかせながら微笑むサキの姿があった。
わけもわからず謎の異世界に連れて来られている状態かもしれないというのに、サキが傍にいるというだけで何故だか妙な安心感があった。
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