第2夜

19/19
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ
 父さんが持ってきてくれたスイカを片手にスケッチブックに向かいながら、僕は物思いに耽った。  “あんなにあっけなく死んじゃうとは思ってなかった”──サキはそう言っていた。あれは誰のことを指していたんだろう? サキは本当に寂しそうな顔をしていた。  ……あの深い藍色の瞳は、今まで一体どれだけ多くのものを見て来たんだろう?  夜の闇のように濃密で、深海の底のように穏やかな藍色。瞬く星の静かな煌きを閉じ込めた瞳。  僕はふと思い立って部屋の電気を消すと、窓から網戸越しに夜空を見上げた。  名古屋の空に瞬く星はまばらだ。それにしてはやけに空が明るいと思ってさらに上方を見てみると、満月に近い月が煌々と照っていた。  『イサ』の空でも月にそっくりな天体が照っていたな、と僕は思い出した。  網戸からは冷めやらぬ熱風が容赦なく入り込んでくる。部屋の電気を点けて机に戻ると僕は扇風機のスイッチを入れた。  鈍い音を立てて稼働する扇風機をぼんやりと眺めていると、僕の中で不意にイマジネーションが膨らむ。  ──そうだ。サキの……いやキャラクターの瞳を、もっともっと深みのある藍色にしてみよう。  袴風スカートもただの無地の濃藍ではなくて、闇の中でさざめく川の水のうねりを模して微妙な抑揚をつけてみるのはどうだろう。月の光のかけらを反射しているような微細な煌きも散らしてみよう。 「スカートの裾のデザインも、流れる水をイメージして……って、やばい。手が止まらないぞ」  ──夜の川での出来事を忘れないうちに。僕は何かに駆り立てられるかのように夢中で何色ものペンを手にとり、黙々と着色を開始した。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!