第1夜

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 それに、僕は将来の進路に対して多少なりとも迷いと不安を抱き始めていてあまり気持ちに余裕が無かった。  空想の世界で空想のキャラクターを自由に動かす楽しさに魅せられ、ゲームのシナリオを練ってみたりキャラクターデザインをするのが趣味の僕だが、作品はどれも既視感があっていまいちぱっとしない。美術部仲間の目の覚めるような作品を見るたびに焦りが生じてしまい、自分には才能やセンスがあるという自信もまるで持てない。  それでもこの分野でやっていきたい。卒業後はゲームデザインを学べる専門学校に進学したい。でもそれがどうしても言い出せない。  僕には陶芸家として生きることを決めた父さんのような矜持も、故郷と決別して父さんと結婚した母さんのような強さも無かった。  相変わらず鹿児島への帰省についてポジティブな返事をしない母さんと僕を見て、父さんは小さく息をついた。 「ちょうど今日は盆の入りだ。縁側で、迎え火でもしたらどうだい」 「……まさか。来られても、今更会わせる顔なんて無いわ」  母さんは苦い顔をして俯くと、そうめんの盛られたガラスの大皿に箸を伸ばした。  子供のように拗ねた表情の母さんを見て苦笑した父さんは、それ以上鹿児島の話を続けようとはしなかった。  我が家のそうめんにはいつも缶詰のミカンが載っている。母さんの郷里である鹿児島ではこれがスタンダードだそうだが、僕にとっては酢豚に混ぜられたパイナップルのようでいまだに馴染めない。そして母さんも鹿児島を離れて四半世紀以上経つが、やはりまだ完全には名古屋の人間になりきれてはいないのだ。  ──ミカンとそうめん。一体どんな味なんだか。鹿児島の人たちの感性はスゴイな。  僕は周到にミカンをよけながらそうめんを手元の器へと運んだ。
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