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閉め切られた客間のふすまを開けるとそこにはむっとした熱気が充満している。電気は点けずに障子を開けて縁側に出ると、蚊が入らないようにまたすぐ閉めて腰を下ろした。
夜闇にまぎれた庭の草木は種別が判別できないほどどれも一様に真っ黒で、昼間とはまるで様相が違う。奇妙な緊張感を覚えながらも耳を澄ませると、心を落ち着かせるような清かな虫の音が微かに響いてくる。
手探りで線香花火を一本手に取ると、父から借りたライターで先端にそっと火を点ける。鼻腔を懐かしくくすぐる匂いが辺りに立ち込め、閃光と音がスパークする。やがてジリジリとした音と共にオレンジ色の火球が生まれ、その周囲にはいくつもの繊細な火花が咲いた。
──ちょうど今日は盆の入りだ。縁側で、迎え火でもしたらどうだい。
父さんの言葉と、母さんの浮かない顔がふと蘇る。温かく厳かな線香花火の光を見つめながら僕はため息をついた。
「鹿児島のお祖母ちゃん……か。どんな人だったんだろうな。母さんだって、本当は会いたかったんじゃないかな。……いっつも強がるけど」
迎え火代わりの線香花火をしたら、お祖母ちゃんに会えるだろうか? でもそれすら母は拒絶していたな、と僕は台所での会話を思い返した。
「鹿児島。どんなところかあんまし想像もつかないし、そもそも九州自体行ったことないんだよな。同じ日本だけど、完全に“異国”ってイメージだよな……」
勢いを失った火球が視線の先でぽつりと落ち、あたりはまた真っ暗になる。暗がりがあまり得意でない僕は水を張ったバケツに残滓を放るとすぐさま2本目の線香花火に火を点けた。
その時、僕は不意に誰かの視線を感じて顔を上げた。
──いつからだろう、暗がりの中に人影がある。でもそのシルエットは父さんでも母さんでもない。
よく見ようとして目を凝らした僕は、思わずあっと声を上げた。
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