怖がってみた。【一縷】

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兄達からしたら、それは羨ましくも思えたかもしれない。実際俺は感謝した。 適当に父に言われた仕事をして、 結果が出せなくても良かった。俺は、祖父の残した仕立てのノウハウが書き記された紙を見て、密かに勉強する。それさえ出来れば。 いつか独立して、祖父のようなお店を立ち上げるのが、夢だった。色々遊びもしたけど…結局、それ以上想える人にも出会えなかった。だからその時、俺は独りだった。 父の新店舗の打ち上げに顔を出した帰りだった。 タクシーで帰らなくて本当に良かったと思う。 あの日は、何故か電車に乗りたくなった。 乗るなり、車内の雰囲気がざわついていて、 あぁそれでか、とすぐに分かった。 葵の泣き顔はとても綺麗だった。 夕陽越しに見る祖父の嬉しそうな顔と、何故か重なった。俺の心を動かす、絵画のような一枚。 俺はすぐ自分のハンカチを葵に差し出していた。祖父が遊び半分で作った、女性向けの刺繍を入れたものだったけど、俺は結構気に入っていて、死ぬまで愛用しようと思っていた。でも…この人になら、あげてもいいかと思った。 あの時葵がくれた可愛いリボンの髪留めが、代わって俺の宝物になっている。…なんて、葵には恥ずかしくて、言えないけど。 「佐伯さん…?」 そうして、今俺の腕の中には、     
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