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月を従えて少年が佇んでいた。波止場で見た、あの少年だ。
髪は昼間よりも夜光虫の青を深め、はためく水夫服の裾から、この子が月から生まれたと聞いても驚かないだろう美しい乳白色の華奢な躰を覗かせていた。そして最も息を呑んだのは、
「……同じ目の色をしている」
少年は、かのピジョンブラッドを彷彿とさせる双眸をしていた。
赤いアネモネの唇を開いて、
「お待ちしておりました」
と、玲玲と鈴を振るような声が届く。
「君が俺を呼んだのか?」
「いいえ。僕はただ、お待ちしていただけです」
「俺を?」
「ええ、貴方を。ノワ・グェーリィンヌ大尉」
素性は承知ということか。
歳の頃は13、4に見える。恐らく刺客ではないだろう、警戒心や殺気は微塵も感じられない。スパイだとしても俺とて丸腰ではない。ただ、少年を守護するように瑠璃の欠片が浮遊するのだ。幻惑の類か、時空の歪みを錯覚しそうに足元が覚束ないのを波音だけが現世に繋ぎとめていた。不思議と不安はない。むしろ、我々を覗いて誰も現世の外へ追われたのではないかと思う静けさの中、俺と少年は二人きりだった。
「名は何という?」
「……」
「 蛮行に及ぶことはない。警戒してくれるな」
「警戒しているのは貴方の方でしょう?」
こいつ、言ってくれる。
「では、このような夜更けに此処で何をしている?」
「大尉こそ何をしておいでです?」
「質問に質問で返すのか?」
苦笑したものの、実のところ自分でも浜へ何をしに来たのか皆目、見当がつかないでいた。思い出そうとすると混沌とした頭を砂がざらりと重くする。
「月を……、見に来た。これほど大きな月を見たのは初めてだ」
「然もありましょう。僕もこの月を心待ちにしていたのです」
見掛けの割に口調は大人びている。或いは精一杯の虚勢なのかもしれない、俺に軍人の威圧感が染みついているのだろう。まずは身長差が良くないと、浜に腰を下ろして少年を見上げてみた。
「この近くの子かい?」
俺にしては声音をソフトにしたつもりだ。
「はい」
と、少年はようやく微笑した。笑ってみれば凄艶な色香を目許に湛えながらも、あどけなさの残る可愛らしい顔立ちをしている。
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