Miracle du lune de perigee.~月の奇蹟~

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「花言葉は『君を愛す』……当然、知って供えてくれたのであろうな?」 「ぁ……いや……、いつも俺の寄宿舎に生けてくれた花だったから……」 「何と。では、私からのメッセージも届いていないと言うことか。墓にあった紫のアネモネは私が置いたものだ。花言葉は『あなたを信じて待つ』会いたかったよ、ノワ。お前が訪ねてくれるのを13年も待っていた……」 不思議な感覚だ。俺は確かにジュールと心を通わせていて、ノワ、ノワと名を連呼する話し方も、腰に手をやって肩を竦める道化た仕草も涙ぐんでしまうほどジュール其の人なのに、鈴を振るような澄んだ声や首に噛り付いてくる月のように白い腕はルーシェンのものなのだ。 「……そうだ、ルーシェンは?あの子を、どうしたのだ?」 「お前が抱いているではないか」 「ジュール、この非科学的な現象をどう理解すれば良い?この子の躰に憑りついていると言うなら、今すぐ解放してやって欲しい。俺は幽霊とて驚きはしない。一目、貴方の姿を見ることは叶わないのか?」 「私には最早、実体がないのだよ。『神の子』を名に持つジュール・シェバリィーが魂を継いだまま『大天使ミカエル』を姓に持つ家に転生をした、と言えば解ってくれるかい?」 「転、生……?」 「幽霊でも憑りついたのでもない。ルーシェンは私の生まれ変わりだよ」 俄かには信じ難かったが、そう考えればルーシェンの言動に辻褄の合う点は幾つもあった。 「頭が、おかしくなりそうだ」 「では、私を裸形に剥いてみるがいい。お前が架した十字架を今も背負っている」 いい歳をして紅くなったのはジュールの言葉にではない。その十字架が彼と初めて躰を重ねた夜に俺が爪で引っ掻いた傷だと思い出したからだ。 「何てものを残してくれたのだ」 「私にとっては宝物だよ。さぁ、もっと顔を良く見せてくれ。ノワの黒髪と、この消炭色(ノアール)の瞳が大好きだよ。それに比べて私の髪の何と忌々しいことか。海の蒼が染みついてしまってね……、酷く醜いだろう?」 「そんなことはない。やはり、貴方は美しいよ……」 俯きがちになる俺の両頬を両の手で挟んだルーシェンがジュールの微笑みで優しく抱き寄せてくれる。海の底で、さぞ苦しい思いをして死んでいったであろうに、その愛は死して尚、俺を求め慈しんでくれるのだ。
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