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Reset ⑥
記憶は、途切れ途切れだった。
譲さんを見つけた瞬間、ブワッと全身が総毛立つのを感じた。
捕らえて、自分のテリトリーに連れ込んで、譲さんの言い訳を聞いて、今。
「っ――が、はっ……!」
バスタブに溜めた水に沈めていた譲さんを引き起こすと、必至になって酸素を取り込もうとして、ゴホゴホと噎せて苦しそうにしている。
目を真っ赤にして、鼻水まで出て、全然綺麗じゃない。綺麗じゃないのに、こんな時にまで、この人を可愛いと思う。
「……あは、間抜けな感じ。顔どっろどろ。風呂の水なんだか涙なんだか涎なんだかわかんないね」
水に濡れた頭の形が丸く、美しくて、触れる。そのまま譲さんの滑らかな頬に手を添え、キスを降らせた。冷たさに震えるその唇を食む。
俺は何をしているんだろう。
譲さんの頭を再び水の中に沈めながら、それを俯瞰的に眺めているような感覚に陥っていた。
今、この人の事が許せない。自分の中に、こんなにも禍々しい狂気があったなんて。理性で抑えられない感情が、こんなにも恐ろしいものだなんて。
譲さんの抵抗がピタリと止んだ。俺が力を加えるままに、その身体がバスタブに浸かっていく。水の中から引き出すと、譲さんの顔は見るからに青褪めて、グッタリと脱力していた。その姿を見て、急激に罪悪感に蝕まれる。冷たく濡れた身体を抱き締める。大事な人に、俺は何て事をしているんだと、思うのに。解るのに――
「ねぇ、嫉妬で狂いそうだよ、どうしたら良いんですか? ……譲さん」
丸い後頭部を包み込む。譲さんの反応は全くなかった。
「電話……して、譲さんが誰かと居て過ごしてるのを知って、本当に……どうしたら俺だけを見てくれるのかなって、出掛けてても何してても譲さんの事考えてるのに、譲さんだけが欲しいのに――」
俺は、この人の前では、何て格好悪いんだろう。
今まで、どんな人間に対しても、体裁を保とうとしていたし、それが出来ていたと思う。実の両親にさえ、そうだった。
それなのに、一番格好良くありたい人の前では、それが出来ない。何もかも思い通りにならなくて、必死で、それなのに手に入れられない。
「ただの……とも、だち」
譲さんが、小さな声で言った。あの時電話口の背後にいた男のことだろう。
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