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Reset ④
「ありがとうございました」
入れる日はなるべくバイトを入れていた。働く事で、ほんの少しではあるけど燻りを誤魔化すことが出来る気がした。
来る、きっと来てくれる――。そう信じながらひたすら笑顔を振り撒く。
三ヶ月間。この店で働くと決めた期間だ。
ケーキ屋は美波が贔屓にしている店らしく俺も何度か食べたことがあったが、以前美波が、美波自身が買いに行くことはかなり稀だと言っていた。殆ど兄――譲さんに買いに行ってもらうのだと。
だからと言って来る保証なんかどこにもない。願っても願っても裏切られてしまうかもしれない。
でも、会える気がした。
きっとここからまた繋がるのだと。
そうして貴方がこの店の扉を開いたら、三ヶ月の間に出会えたら、俺はまた、運命と言う言葉を信じられる。
最近は常にポケットに忍ばせている、譲さんが置いて行った携帯電話。毎日毎日、譲さんが押していたボタンに触れながら鍵を解くのに必死になって、そして開いた扉がある。
俺の大切なお守り。
膨らんだ右ポケットに手を重ねて、毎日貴方の事を想う。
ふと思考を飛ばしかけて、我に帰った。目の前には相変わらずの列。女の子ばかりで形成されている列に、今日も肩を落とす。
「いらっしゃいませ」
他の店員が新たな客の入店に気付き声を上げた。
目の前の客がモタモタと財布から小銭を出しているのを確認してから、入口のドアに目をやる。
「あ、あのー、すみません。お会計をお願いします」
「…………あ、も、申し訳ありません」
「いっ、いえっ、私が遅かったから」
「調度頂きます。ありがとうございました」
声が震えているかもしれない。笑顔が歪んでいるかもしれない。顔が赤くなっているかもしれない。掌が汗ばんでいるような気がする。
女性に埋もれ男性が一人と言う図に恥ずかしさを感じているのか、俯いている。そのせいか、まだ俺に気付いていない様子だ。
早く、早くここまで辿り着いて。列に並ぶ一人一人が邪魔で仕方がない。その反面、心を落ち着かせるための猶予にも思える。
艶のある髪が、ライトに反射してうっすらと輪を作っているのが見えた。
ああ、貴方はやっぱり、誰よりも輝いて、
綺麗だ。
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