Reset ⑤

17/20
前へ
/126ページ
次へ
 耳元で動きを感じた。  微睡みの中、瞼を開く。視線の先に、あの人がいた。朝目覚めた時、一番最初に愛しい人の姿を映せること。  なんて幸せなんだろうか。  譲さんはぎこちない動きでベッドから出ると、俺を起こさないように気を遣っているのだろうか、一歩一歩ゆっくりとドアの方に向かって行った。  カーテンの隙間から漏れ入る日差しが暖かくて。幸せな空間の中で、譲さんが離れていってしまう。  待って、行かないで。 「――どこ行くんですか?」  咄嗟に引き止めるように声を発していた。背後から突然声を掛けられ驚いたのか、譲さんの方がビクッと揺れた。  声を掛けたのに、譲さんはドアノブを掴んだままこっちを向いてくれない。もどかしくて、再び問いかける。 「譲さん、どこ行こうとしているんですか? こっち向いて下さい」 「……と……、トイ……レ」  その返答に、一瞬拍子抜けした。必死な様子でベッドから出て、トイレを我慢していたんだろうか。いじらしいというか、それすらも可愛く感じてしまう。思わず笑ってしまった。 「っくく……トイレ? あんなに必死にベッドから起き上がってトイレですか? まさかずっと我慢していたなんて言いませんよね?」  俺がそう言うと、譲さんの視線が僅かに俺の方に向いた。 「譲さん、本当にトイレなら付き添いますから」 「い、嫌だっ、来るなっ」  良かれと思って言ったのに、強い口調で拒絶された。昨日あんなに愛し合ったのに、恥ずかしいのかもしれないけど、そんな言い方はないだろうと、苛立ってしまう。 「……どうして?」  苛立ちを隠せず低い声を発してしまう。そうすると、譲さんは逆にゆっくりと、いつもの口調で俺に返した。 「一人で、トイレくらい行けるから」 「じゃあ、トイレに行ったらすぐ戻りますね?」 「……喉が渇いたから何か飲んでから戻る」 「……そうですか」  流石にこれ以上はしつこいだろう。譲さんを見送って、まだその温もりが残る布団に潜り込んだ。  人肌の温かさにまたうとうととしてくる。譲さんの匂いがする。スーッと吸い込んで、自分の中に吸収する。 「好きだ――」  伝えたい相手はここにいないけれど、瞼の奥で譲さんを思い浮かべて、伝える。  心臓がドクドクと跳ねる。  あの人は、何でこんなに俺の心を揺り動かすんだろうか。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

641人が本棚に入れています
本棚に追加