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長かった買い物を終えて、漸く美波の家に到着すると、譲さんは外出していた。朝はあんなに動くのが辛そうだったのに、どこに出かけたんだろうか。
その後、夜になっても譲さんは戻らなかった。何時迄も美波の家に居るわけにもいかないと思い、また泊まれば良いと引き止める二人にお礼を伝えて、車に乗り込んだ。
時間は、二十二時を回っていた。家と最寄駅の間の道を行ったり、停車できるスペースのある場所で待機したりしながら、時間を潰した。それでも、一向に譲さんの姿は見えなかった。家にも何度も戻ったが、譲さんの部屋に明かりはつかなかった。
時計を確認する。十二時を回っていた。譲さんの携帯にも何度も電話を掛けているが、繋がらない。
もしかして、何かあったのだろうか。
あの人が、あの状態でこんな時間まで帰らないなんて。絶対におかしい。
再び車を走らせ、目を凝らす。どんな暗闇の中でも、譲さんの事なら見つけられそうな気がした。それでも、それらしい人とはすれ違わない。
もし、もしも事件や事故に巻き込まれていたら……
「譲さん、お願い、返事して……」
携帯を握り締めて祈る。美波に電話してみようか、何か聞いているかもしれない。ただ、流石に、何でそんなことを聞くんだと訝しがるだろう。譲さんが寝ている間に、GPS追跡アプリでも入れておけば良かった。
このまま同じ道を何度も行き来し続けていて、この周辺の住民に怪しまれでもしたら良くないだろう。仕方なく、一度帰宅することにした。
暫くして部屋に到着し、また電話を掛ける。時刻は二時を回っていたが、やはり応答はなかった。
譲さんがこの部屋に来た時、二人で座ったソファーに腰を下ろした。目の前のテーブルに携帯を置き、十分毎に電話を掛け続けた。
そして、もう何回掛けたか分からなくなった時だった。
『はい?』
譲さんの声が。
やっと、聴けた。
ずっと聞きたかった声に言葉が詰まる。
『どちら様ですか……?』
問われて、答えようとしたその瞬間。
『何? いたずら電話じゃないの?』
知らない男の声が、譲さんの背後から聞こえた。それも、すぐ側にいるような。
見えないけど、譲さんのすぐ隣に男がいる。俺以外の男が。
そう思った瞬間、目の前が真っ赤に染まるような感覚に陥った。
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