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「譲さん」
どこか耳に馴染む声に思わず俯けていた顔を上げた。
「あ……辻、浦君?」
目の前に、今、家にいるはずの辻浦君が立っている。
「あれ? ええと。どうしたの? 美波は?」
「美波は部屋にいますよ。俺は、美波がケーキ食べたいって言うんで、おばさんの分も一緒に買いに出たんですよ。
そしたら、外から譲さんが見えたんで」
どうやら美波に使われてしまったら しい。美波のことだ。昔から甘え上手というか、おねだり上手だったから光景が目に浮かぶ。
「何だか、ごめんね」
妹のことなので目の前の辻浦君に申し訳なくなって謝ると、彼は楽しそうに笑った。
「あはは。いえいえ。譲さん、あとどの位で出れます? 一緒にケーキ買いに行きません? 譲さんの分も」
「ああ……うん。ありがとう。でも僕は良いよ。もう少し時間かかるから」
嘘だけど……。
一緒にケーキを買いに行って家に着けば、一緒にケーキを食べなければいけない気がして億劫になった。
「どれくらいですか?」
「え?」
「どれくらい掛かります? 誰かと待ち合わせてるんですか?」
「え。いや、特には……仕事の事とか考えたい時に、こういう所で一人でじっくり考えてるんだ。だから気にしないで。美波待ってると思うから」
何だかやけに食い下がる辻浦君に、焦ってまた嘘をついてしまった。
腑に落ちない顔をしている辻浦君に疑問を感じつつ、
「美波、すぐ拗ねるでしょ。拗ねると後が面倒だよ、美波は」
と遠回しに促せば、「そうですね」と柔らかく笑って、辻浦君は店を後にした。
言い訳した手前、あと二時間くらいは時間を潰しておこうかと、僕は持参した文庫本を開いた。
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