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「――どこ行くんですか?」
「っ……!」
背後から投げ掛けられた声に一瞬、痛みを忘れた身体が跳ねた。
「譲さん、どこ行こうとしているんですか? こっち向いて下さい」
背後で辻浦君が身体を動かし始めている。
こっちを向けと言う命令を聞きたくなくて、ドアに視線を縫い付けたみたいに、ただただ前だけを凝視していた。
「……と……、トイ……レ」
「っくく……トイレ? あんなに必死にベッドから起き上がってトイレですか? まさかずっと我慢していたなんて言いませんよね?」
――あんなに必死に。
いつから? 最初から、気付いて見ていたのか?
僕が痛みに悶えながらも呻きすら押し殺して必死に逃げようとする姿を、内心、今表に出しているみたいに嘲笑いながら見ていた……?
「譲さん、本当にトイレなら付き添いますから」
「い、嫌だっ、来るなっ」
「……どうして?」
不機嫌をあらわにした声と表情で、僕を脅し意のままに操ろうとする辻浦君に、これ以上動揺を悟られないように努めながら一字一字をハッキリと発音して返した。
「一人で、トイレくらい行けるから」
「じゃあ、トイレに行ったらすぐ戻りますね?」
「……喉が渇いたから何か飲んでから戻る」
「……そうですか」
それ以上何も言う気配の無かった彼から距離を取りたくて、下肢の痛みも忘れて素早く部屋の外に出た。
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