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「何で思い出さないんだって、どうして忘れたんだって周りに言われるたび、責められてるみたいで、謝りながらすごく悔しくて。だから……。 ……高瀬さん、ありがとうございます」  手が温かい感触に包まれた。  辻浦君の両手が、僕の両手を包み込んでいる。  ほら、大丈夫、だ。  気持ち悪くなんかない。怖くなんかない。震える必要なんかない。  だって、……だって辻浦君はもう僕を知らないんだから。 「僕はずっと、今のままでも良いと思うよ」  僕がそう言うと、辻浦君の瞳にうっすらと溜まっていた涙が一粒流れ落ちた。その姿が、あまりに無垢で頼りなく見えて、その姿を見つめてしまう。  ハッとして目を逸らした時、辻浦君は僕の手を放して項垂れた頭を上げた。 「高瀬さん……あの、仕事以外の時は、下の名前で、譲さんって呼んでも良いですか?」  ――ゆずるさん。――  ひくりと喉が鳴る。  聞いていないはずのかつての辻浦君の声が聞こえたような気がした。 「――ど、う、して?」 「美波さんと被るんです。俺、美波さんを高瀬さんと呼んでいたので、ちょっと自分の中で紛らわしくて。 それに、「ゆずる」って、良い名前だなって。響きも好きなんです。高瀬さんによく似合ってる、というか。……って、何だか気持ち悪いですね、俺」  チクチクと皮膚に残った棘の端が痛むように、僕はどうしても辻浦君の言葉を疑ってしまう。それはきっとトラウマ、と言うに等しいものなんだろう。  だけどそんな風に僕が構えてばかりいたら、多分良い方向には転がらない。  僕の怯える姿を見て、辻浦君の記憶が呼び覚まされてしまったら。それだけは阻止したい。 「じゃあ……仕事以外なら」 「――えっ。本当ですか? 引いていませんか?」 「ひ、引かないよ……」 「じゃあ、俺のことも譲さんさえ良ければ名前で呼んでください。苗字って、呼ばれ慣れてなくて」 「いや、それは……遠慮しておくよ」  心の底から遠慮した僕を見て笑った辻浦君は、納得してくれたのだろうか。僕は小さな違和感を携えながらそれでも、辻浦君が一生このまま記憶を取り戻さなければそれで良いと思った。
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