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「お兄ね、最近よく外で食べてるみたいなんだ。仕事の事、考えたいとか言ってたんだけどさ」
最近、美波の家――そう、譲さんが住む家に来ても、譲さんが居ない事が多い。
一緒に食卓についたのだって、結局あれから数える程度だ。
単純に、仕事の関係で遅くなるからとか、社会人としてそれなりに多忙な生活を強いられているだろう事を考えれば、あまり不思議な事はないのかもしれない。
それでも、不満だった。俺は譲さんに会う為だけにこの家に足繁く通っていると言うのに、当の本人とは全く顔を合わせることが無いのだから。
「外か……。譲さん、どんな店で食べてるんだろうね?」
「んー? お兄がよく行く店なら知ってるけど……駅の近くにあるファミレスだったような? ほら、あたし達も入った事ある、あそこね。あんまり混み過ぎないから、周り気にしないでゆっくり出来るんだって」
「へえ」
駅の近くにあるファミレス。二、三度、美波と入った事があった場所だ。あそこならこの家からでも、歩いても十五分以内に行けてしまう距離だ。
会いたい、どうしても。一目見られるだけでもいい。居るかどうかも分からないというのに。
それでも可能性があるのなら。
――譲さんに、会いたい。
「美波、ケーキ食べたくない?」
「え? どうしたの急に」
「ちょっとね、甘いものが食べたい気分なんだ。確か美波の好きなお店があるって言ってたよね」
「ええ? 珍しいね。孝文あんまり甘いもの好きじゃないのかと思ってたけど……それなら、あたしも行く」
まあ、そうだろうな。言うと思ったという感じだ。
けど一緒に着いて来られて、俺と譲さんの時間、二人きりの時間に間に入られても困る。
「美波が食べたいケーキ、当ててくる。あと、お母さんの分もね。だから楽しみに待ってて」
そう言って美波の頬に手を添えて、その丸みを帯びた額にキスを落とした。たったこれだけで、美波はまるで魔法に掛けられたみたいに俺の言葉に従ってしまう。
「……うん、何かドキドキするな。楽しみに待ってるね」
「はは。任せて。行ってくるね」
「いってらっしゃい」
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