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ちょっと外に出てくるだけなのに、二人に別れを惜しむように見送られて家を後にした。俺は弾む心を抑えきれず、気がつけば子供の頃のように駆け出していた。
なんて単純なんだろう。どうしてあの人はこんなに俺の心を動かすんだろう。
心地良い緊張感と幸福感が身を包んで、俺の足は留まることなくあの人が居るかもしれない場所に向かっている。
会いたい、早くあの人に会いたい。
***
ファミレスに到着して、自分が肩で息をしている事に気が付いた。こんな状態、恥ずかしくてあの人に見せられない。
逸る気持ちを必死に抑えて、息を整えて深呼吸する。
階段を上がり、店の扉を押す。駆け寄ってきたウェイトレスに、「知り合いと待ち合わせている」と伝えて店内を見渡した。
「……あ」
窓際の席。食事をし終えたのかテーブルの上はコーヒーカップと水が入ったグラスだけになっていた。カップを口に運びながら、本を読んでいる。
ふと、その人がカップを手にして席を立ち上がった。すらりとした体躯に、姿勢良く歩く姿に目を瞠る。
――ゆずる、さん。
確信して、心臓の鼓動が高鳴る。
ずっとずっと会いたかった。初めて貴方を見つけた日から、もう二ヶ月。今まで生きてきた中で一番長い二ヶ月だった。
あの日からずっと俺の心はあの人一人だけのものだった。ずっと捕らえられていた。
ドリンクバーから飲み物を補充して、自分の席に再び落ち着いた譲さんの元に向かう。
何て言えば良い? 何を話せば良い? 何を言えば、あの人の興味を引けるのだろうか?
普段他人と話す時に、一度だって考えた事の無い事ばかりだ。それ程に今まで適当に生きてきたように感じた。
一歩足を前に踏み出すたびに心臓が身体を突き破って飛び出してしまいそうになる。早く近付きたいのに、眩暈を覚えるほど歓喜に震えているのに、こんなに近くにいるのに、さっきはあんなに走っていたこの足が震えてゆっくりとしか歩けない。
小説らしき本に目を落とす譲さんの姿は、それだけで切り取られた絵画のようだった。
その姿を崩す事を一瞬躊躇ってしまうほどに完成された姿。
それでも。
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