Reset ②

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Reset ②

 家に帰り着いて、冷蔵庫から食材を出してキッチン台に並べていく。普段なら食材になんて気を回すことがなくて、例えばレトルトでも時間を極力割かずに作れる料理ばかり作っていた。  そんな俺が、所謂一般的な価格のスーパーマーケットよりもワンランク上の、高級食材店にまで足を運んで一つ一つ食材を選ぶなんて。少し前なら信じられない行動だった。  ビーフシチュー。譲さんと食卓についたあの日のメニュー。 『譲も美波もビーフシチューは好物よね』  美波の母親の言葉を頭の中で反芻する。盗み見るように会話の合間を縫って横目に見詰めたあの人の顔。スプーンでそれを食す譲さんの姿を思い出す。  あの日から何度も飽きもせずこればかり作っている。それだけでなく、外食でも様々な店のビーフシチューを食べている。それこそ馬鹿の一つ覚えのように。  いつかあの人に食べてもらいたいから。美味しいといって貰いたいから。 「めちゃくちゃ、女々しいな」  野菜の下拵えをしながらポツリと呟く。  女々しい、本当に女々しい。それなのに、全てあの人のためだと思うと幸せな気持ちに浸れるし、その為に努力する自分を愛おしくすら思う。 「痛……」  譲さんに思いを馳せていたせいか、野菜を抑えるのに添えていた左手の指をほんの少しだけ切ってしまった。  指からぷっくりと盛り上がる赤。舐めとろうとして、寸前で止まる。  下拵えを終えたマッシュルームに、滴る赤い雫をぽとりと落とした。
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