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 「さてと。美波の番号は……って、あれ?」  痺れを切らしたらしい辻浦君が僕の携帯を操作し始めたのを見て息が止まるかと思った――けど、当の辻浦君はあからさまに不機嫌そうに舌打ちをして、僕をキツイ目付きで睨んだ。 「ああ……携帯、ロック掛けてるんですね。そりゃあ、そうですよね」  そうだった。  二ヶ月前に五年振りに携帯電話を新調した僕は、携帯電話のあまりの高機能ぶりに興奮しながら色々使ってみたんだった。今時携帯電話にロックも掛けないのは不用心だと家族から叱られて、渋々掛けたっけ。  暗証番号は、誕生日は全く関係ない六桁。すぐに割り出せるものじゃないと思う。  助かった……? 「番号は……なんて、教えてくれるわけないですよね。これ、どうします? いるなら取りに来てくださいよ」  とりあえず美波への告げ口だけは今の所免れたせいか、いくらか気持ちに余裕が持てた。  あとは荷物だ。携帯は勿体ないけどまた新調するとして、鞄の中身は。  一つ一つ思い出す。  文庫本、財布、……だけだ。どうせ家には家族がいるしと鍵さえ持ってこなかった。財布には大した金額も入れていない。  サブ財布と言ったら良いのか、近所に少し出るだけの時は、保険証や免許証など重要なものが入っていない小銭入れみたいな小さな財布しか持ち歩いていない。  無くても困らないと言えば困らない。 「荷物は好きにして良いから。――辻浦君、僕は告げ口みたいな卑怯な真似はしない。 美波は君を本当に好きみたいだし、もし君が何か言ったら最初は君を信じるかもしれないけど、……ずっと一緒に生きてきたんだ。僕の人間性くらい解ってくれてると思うから」  言い切って、僕はドアノブに手を掛けた。 「もう二度と僕に構わないで」 辻浦君を精一杯睨みつけて、僕はドアを開いた。 背後から感じる視線を無視して、外に足を踏み出す。 「ダメですよ」  ドアを完全に閉め切る前に、辻浦君が話し出した。 「譲さん、ダメですよ。だって譲さんは俺のだから。そう俺が決めた時から、譲さんは俺だけの譲さんなんですよ」  目茶苦茶な事を言っている。もう耳を貸したくない。  僕は最後の言葉に返事をしないで、ドアが閉まるより前にその場から走って逃げ帰った。     
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