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しばらくすると雨が上がったのか野球部の喧しい声が聞こえ始める。チラッと彼女を見ると、嬉しそうに口角を上げ笑っていた。
「お前、何で笑ってんの?」
と、彼女に聞いてみる。
「笑ってないわ」
彼女はそう返す。
「いや、笑ってたよ。雨が上がったからか?」
俺は彼女が笑った理由が知りたくて、彼女ともっと話していたくて聞いてみる。
「あなた、暇なのね。私の顔しか見てないんじゃないの?」
ギクリ。
彼女が図星を突いてくる。
「ンなことねぇよ!たまたま顔を上げたらお前が笑ってたから聞いたんじゃねぇか!」
俺は彼女の顔をチラチラと見ていたことがバレないようにと反論するが、これでは全くもって説得力がない。
顔が熱い。顔から火が吹くとはこの事か……
「それにしても、最近よく来るわね。やっぱり野球部辞めてから暇なの?」
彼女から話しかけてきたのは初めてだったから少し驚いたが……野球。懐かしいな。
昔からプロ野球選手になるんだとリトルやシニアに所属して、毎日毎日白球を追い回しグローブを磨き、バットを振る。野球だけが楽しくて。野球だけが取り柄で頑張ってきた。
去年までは。医者からはオーバーワーク。しっかりストレッチしていても今まで取り切れなかった疲労の蓄積が決壊したんだと言われた。野球はもう出来ないと。
「まぁな。野球辞めてから暇だよ。ずーっと野球しかして来なかったからな……何していいかわかんねぇんだ」
約1年。
医者からの冷たい宣告。バットもグローブも、捨ててしまった。
マメの痕が薄くなった手だけが俺が野球をしていたという証拠。いつかはこれも消えてしまうのだろう。そう思うと少し寂しく思う。
「そう。……だったらここで勉強したらいいじゃない。どうせ野球しかしてこなかったんだから勉強は疎かになってたんでしょうしね」
彼女が皮肉っぽく俺に言う。
俺はふと顔を上げて彼女を見る。
彼女は優しい表情で俺を見つめていた。
「ありがとう」
そう俺は心の底から彼女に感謝することが出来た。
彼女は皮肉っぽい言葉を言いつつも優しげなその表情から本当に優しい、暖かな人である事がわかる。
雨上がりの雲間から陽が差す。
彼女の顔は西日で紅く染まっているように見えた。
グラウンドにはいつも通り野球部の大きな喧しい声。
雨上がりの空には綺麗な虹が掛かっていた。
雨も案外悪くない。
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