曇り空の下、君の夢を見る

2/4
前へ
/6ページ
次へ
 何より、両親が読まないんだ。  親の影響って大きいんじゃないかな。わざわざ図書館に借りに行こうなんて一度だって思ったこともなくて、ひたすらボールを追い掛けていた。  今、本屋で働いているなんて事を学生時代の友人に話すとまるで事件のように扱われるほどだ。  本当にたまたま、雨宿りをしに入っただけ。……あの人と同じで。お金があったなら正面の喫茶店に入っていただろう。 『いらっしゃっいませ。何かお探しですか?』  そんな風に店長に声を掛けられて、慌てて適当に『えと、何か面白い写真集? とか……?』と答えたら廃墟写真集なるものを見せられた。  僕は何故だか奇妙にその本に惹かれて、翌週にはコーヒーを数杯飲めるくらいのお金を出してその写真集を買っていた。漫画本やファッション雑誌以外の書籍を自分で買ったのは生まれて初めてのことだった。  そして何度か通ううち常連になっていて、しかもあんなに毛嫌いしていた小説を持ち歩いたりしていて、気が付けばお客様に本を売る側の立場になっている。   人生って本当に分からない。  神崎さんが初めて店に来てキョロキョロと店内を見回しているのを見て、僕が初めて雨宿りをしたくて店に足を踏み入れた日の事を思い出した。  何となく可笑しくて、まるで自分を見ているみたいで、『本って面白いんだよ』って知ってほしくて、店長と同じ事を口にしていた。 『いらっしゃっいませ。何かお探しですか?』  あの時、彼に紹介した本がぽつぽつと売れて再び入荷する度に、僕はその本を撫でてしまう。 『お帰りなさい』と、言いたくて。行き場のない想いを本に込めてしまう。 「……神崎さん」  ぽつりと口から流れていた名前。 「何?」 「は、え? ……う、うわっ!」  妄想が具現化したんじゃないかと声に釣られて左に首を傾げたらいとしの君――ち、違う違う! 神崎さん。そう神崎さんがそこにいた。  思わず本とはたきをいっぺんに床に落とした僕。  神崎さんが慌てて「だ、大丈夫?!」なんて優しく声を掛けてくれているのに、上手く口が回らない。 「だ、大丈夫、です。すみません、驚いちゃって」 「いや、ごめんごめん。作業中なのに急に声掛けちゃったから。久しぶりだね蓮見君」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加