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――どうしよう。
僕のこと、ちゃんと覚えていてくれた。それだけで胸が締め付けられて、何となくじんときてしまう。
ダメだ。仕事中、仕事中。
込み上げるものを必死に飲み下して神崎さんに向き直る。どれくらい久しぶりに会ったんだろう。梅雨が明けてすっかり雨天も遠ざかっていた日々。
神崎さんはあの時はまだスーツで長袖だった。今は水色のストライプが入った爽やかな半袖のシャツを着ている。……土曜日だから、かな。会社が休みなんだろうか。こんな昼時に来店なんて初めてだ。
「今日はお休みですか?」
「ああ、そうなんだ。ちょうど時間が空いてね。蓮見君少し焼けたねー」
「通勤だけでも焼けるものですね。神崎さんこそ、真っ黒じゃないですか」
「あ、分かる? 先週海に行ったら一日でこれ。本当メラニン分泌過剰で参っちゃうよ」
神崎さんが笑っている。
僕が一番好きな表情。 僕が一目みて惹かれた表情。
神崎さん。
「ねっ! これっ、これ欲しいっパパ!」
いつの間にか、神崎さんの右手に小さな手がくっついていた。
「うわっ! びっくりするだろ、嘉乃」
「これにするっ」
「おお、綺麗な絵本だな。よし! これで決まりな?」
「うん! パパありがとー!」
神崎さんに抱き着く小さな身体。その子が屈託のない顔で笑うと、神崎さんも女の子の頭を撫でてあげている。女の子は全身で神崎さんに甘えている。多分、小学生よりも幼い年。幼稚園或いは保育園に通っている位の年に見える。
顔を見ると……何だ、神崎さんに似てる。特に目元、あと――無邪気に笑った、顔が。
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