標高三千四百米より

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「歩幅はほとんどないくらいで進んでみろ」  強風の中だが、保田の声ははっきりと聞こえた。 「そうすれば、滑ってもあまり体勢が崩れない」  なるほど、と俺は保田の歩き方を見る。ほとんど歩幅はなく、足の大きさの分だけ前に進んでいるようである。ストックは身体に垂直になるように構え、肘から先だけを動かして支えにしていた。 「やってみる」  俺もそれに倣い、歩幅を小さくする。地道ではあるが、滑る方が体力の消耗が大きい。高山病のリスクは少しでも避けたかった。  一歩、一歩、と踏み出す。大きく踏み出さず、ほんの少しだけ進める。ストックに体重をかけながら、なるべく大きな段差は迂回する。これも体力温存のための技である。――行きのバスの中で、保田にあらかじめ言われていた。 「上手いじゃないか」 「おうよ」  風が吹く。追い風であれば多少は楽になるのかもしれないが、生憎と山から吹く風は向かい風である。俺の後ろにつけ、と保田は言う。空気抵抗を少しでも減らそう、ということらしい。 「呼吸に気をつけろ、もう三千三百ってとこだ」 「空気薄いって感じはするが、あまり実感はないな」念のために酸素ボンベを持ってきていたが、使いどころはなさそうだった。 「とにかく油断するなよ」  それからは互いに何も喋らなかった。ただ、足を動かし、時折吹く風に身を縮こませながら登るだけであった。正直空腹もあったが、事前に保田から、予約した山小屋でカレーが出ると言われていたためなるべく空腹でいたかった。さぞ美味いだろうなぁ、と思わず少し口元が緩んでしまう。  そう思っているうちに道の端に来る。左に折れ、再度登り始める。富士山というのは意外と岩を登るところもあり、登山というよりは坂道という場所も多くあるものの、登り甲斐があるものである。  じきに、一つ目の山小屋についた。 「ここが?」 「白雲荘だ」 「次の、次か」  言って、備え付けのベンチに腰かける。やっと一息つけた、と言うところである。保田が売店で何やら買っているのが見えた。
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