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羽下守に促され、封筒を手に取り、折り畳まれた便箋を開き、書かれた内容に目を通す。 『突然のお手紙、どうか最後までお読み頂きたい。 私はN県S町にある、淵無と呼ばれる集落に住む者です。 S町自体、山間部に囲まれた小さな町で、さらに奥まった場所にあるのが淵無という小さな小さな集落です。 S町も全国の市町村同様、ずいぶん前から過疎化が進んできた地域で、年々若手の流出が続いていて、年配層が高くなっているご時世。 現在はすっかり寂れた、何もない静かな田舎町と言ったところです。 そんな忘れられた集落で、大変な事件があったと言っても、すぐには信じてもらえないでしょう。 今から1年前、淵無に大きな勢力を維持した台風が直撃しました。 暴風雨にさらされた集落では各地で土砂崩れが発生し、対応に苦慮した歴史があります。 その時期に、一つの家族が揃って行方不明になっている事件が起きているのです。 その家族は台風が直撃する数日前に越してきたばかりで、集落の人間にもあまり知られてはいませんでした。 そんな家族が忽然と行方をくらましてしまい、さぞ大騒ぎになるところ、何事もなかったみたいに、家族の存在さえ幻であったかのような、不気味なまでの静けさでありました。 全く信じられませんでした。 これだけの事件が起きているのに、誰も騒がない、当時の報道にも少しも取り上げられていない。 そんな事がこの現代において起こり得ている。 この1年間、周囲の目もあり、下手に騒ぎ立てするわけにもいかず、悶々とした日々を過ごして参りました。 忘れ去るにはあまりに重い内容、深く脳裏に焼き付いた記憶に、ずっと苦しめられてきました。
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